
少し前の話になりますが…。
昨夏コロナも落ち着いてきたところから、カンボジア・シェムリアップにある、たくみ日本語学校を主な訪問先に、カンボジアを訪れてきました。
前回までは、ほぼすべての行程を案内してもらっていましたが、今回は学校が休み日の丸2日ほど完全に一人の時間がありました。他の日は、お世話になっているたくみ日本語学校へ通って、授業や先生たちのお手伝い(邪魔をしていただけ?)をしていました。
特に予定を考えていたわけでもないので、学校が休みの日はすることが思いつきません。
現地クメール語のまったくわからない私には不安で、言葉をしゃべれないこと、看板や標識の文字が理解できないこと、当然、日本語が通じないことに不安を感じていました。かなり躊躇していました。
ありがとうなど、簡単な単語をいくつか、先生に教えてもらいましたが、あまりに覚えが悪くて、使える気がしませんでした。しっかりとメモはとっていましたが。
今回は自分の不手際からwi-fiのつながるところでしかネットが使えず、それ以外は翻訳ソフトや地図を見ることができません。つまり、外では飲食店などのお店にいるとき以外は使えませんでした。
今更ながらに、出かけるのはいいが、帰れなくなるのではという不安が頭をよぎり外出をためらっていました。
せっかくカンボジアまで来ているのにと、自分に言い聞かせ、何とかなると思い込み、一人でショッピングセンターと市場に行ってみることにしました。それぞれ行き先は伝わって、無事行くことができ、買い物をすることができました。が、帰りに事件が起こります。
トゥクトゥクの運転手にホテルの名前を告げてOKということで乗り込んだのですが、しばらく走ったあと、よくわかってなかったようで、運転手が方角を聞いてくるのです。
元来、方向音痴である私に聞くのかと、腹の中で思いながら、念のためとホテル周りの地図をスクショしておいたのを見せたり、たぶんこっちの方角などと伝えて、しばらく走っていたのですが、伝えたホテルを知らなかった様子で、とうとうバイクから降りて近くにいたトゥクトゥクの運転手に聞きにまわりだしました。
果たしてホテルに帰りつけるのだろうか?と心配になってきました。
結局、私は本領を発揮し、間違った方角を伝えていたようで、それを修正してもらい、どうにか私の見覚えのある場所までたどり着くことができ、何とか無事にホテルに帰り着くことができました。
その時、思いました。
現在多くの外国人が日本に働きに来ています。それらの技能実習などで日本に来た方々というのは、日本語の勉強をして来ているとはいえ、私が今回感じたのと同じような不安を日常的に感じているのではないかと思いました。
これらは、ポラリッシュを起ち上げる前から話を聞くなどしていて、そこの支援が必要だと感じてはいたことではあるのですが、実際に自分がこのような状況になって、その不安な気持ちの大きさを肌で感じることができたと思います。
それも、私は数日だけのことでしたが、日本に来た方々はそんな短期間ではありません。
長期になることで、その間に段々慣れていくと思いますが、慣れるまでの間、特に来日したての時は、本当に不安だと思います。まして、環境や習慣、風習の異なる国での生活と、それに仕事や勉強などが加わるのですから、私たちが想像するより大変なことだと感じます。
そんな時に、やさしく声をかけてくれる人がいれば、安心できるのではないでしょうか。
相談できる場所や人がいれば、安心できるのではないでしょうか。
日本人があたりまえでも、カンボジア人にはあたりまえでないこと、その逆もあると思います。それらを双方が理解してないと、うまくコミュニケーションできなくなってしまうように思います。
せっかく日本へ行きたいと来ている方々に、日本での生活を少しでも楽しく、日本へきて良かったと思ってもらいたいと思います。
以前にも書いておりますように、日本語のスピーチコンテストをカンボジア、シェムリアップにあるたくみ日本語学校で開催いたします。
その優秀者2名を日本に招待し、紙や画面の中でない実際の日本を知ってもらい、今後の励みにしてもらいたいと思います。
このコンテストを定期的に開催すること、たくみ日本語学校を応援することで、日本語を勉強するその先にあるもの、日本語の勉強だけでなくその先にある、それぞれの願望や希望を見つけて、そこへ向かって行くお手伝いをしたいと思っています。
たくみ日本語学校と共に、その環境を創っていきます。
そのためには、皆様に私たちの活動を理解していただき、
ご支援をいただかなくてはなりません。
この活動に、共感いただき、何卒お力添えをいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
